クロダイの海

 

館山船形漁協青年部 汐田恒和

 

1.地域及び漁業の概要

 私たちの住む館山市は房総半島南端に位置する,気候温暖な(年平均気温15.7℃)人口約5万人の町です。美しい海岸線は南房総国定公園の指定を受けており,現在,「海洋性リゾートタウン」の街づくりが進められています。

 館山市には5つの漁協があり,私たちの館山船形漁協は組合員数270名(正組合員195名,准組合員75名),平成6年度の水揚量は2631トン,水揚額は7億9千760万円でした。漁船数は151隻で,うち3トン未満が114隻,3〜5トンが22隻,5〜20トンが15隻です。経営体数は90で,まき網が3,一本釣りが35,刺網が31,その他21で,主に漁獲されているものは,イワシ,イサキ,カツオ,ブリ,キンメダイ,ムツ,イカです。

 

2.青年部の組織と活動

 青年部は昭和46年に地域の40歳未満の漁業者25名で発足しました。漁業種類は一本釣り,刺網,海士,まき網,地引き網等様々ですが,同じ地域で生まれ育ち,漁業の発展を願って力を合わせて活動してきました。部長1名,副部長1名,会計・監事各1名が役員です。

 平成5年の役員改選の時に名簿を作り直そうとしたところ,40歳未満の部員が7〜8人しかいないことに気づきました。そこでみんなで相談し,青年部の規約にあった「40歳未満」という項目を削除することにし,ついでに卒業生にも声をかけて何人か戻ってきてもらいました。現在の部員は32〜46歳の13名で,今後この人数は増えることはあっても減ることはありません。永久部員というわけです。

 

 平成5年以降は新しい気持ちでいろいろなことに取り組みました。

 まず研究活動として「アワビ標識放流および追跡調査」です。館山湾のアワビ資源を増やすため,アワビ稚貝の呼水孔に電話線をねじり止めて標識とし,部員の海士が潜って岩の隙間に放流しました。平成5年度はピンク色,平成6年度は白,平成7年度は青色の標識を付けました。

 館山市民を対象に公民館で開いた「海の男の料理教室」は,青年部員4名が講師となり,アジやカツオを教材にして実施して大変好評でした。さかな離れしている若い女性たちに包丁の使い方などを教えてあげたかったのですが,我々の期待に反して年配の方や男性が多くてちょっとがっかりしました。

 平成6年と平成7年の夏は,館山市の観光まつり実行委員会から頼まれて「いきいき魚のつかみ取り」に協力しました。海水浴場の一部を網で仕切ってその中にアジ,サバ,イカ,アオリイカなど3トンもの魚を放し,市民や観光客につかみ取りさせて大にぎわいでしたが,真夏の水温の高い時期に2週間も前から魚を準備して生け簀で飼っておくのがひと苦労でした。つかみ取りの前に,部員が生け簀の中に潜って,ゴンズイやアカエイなどの危険な魚をたも網ですくっておく作業もなかなか大変でした。

 毎年10月に開催される館山市の産業祭にも「イカ焼き」で参加し,いつも長い行列ができて大人気です。

 

3.クロダイ中間育成の動機

 青年部はこれまでにも漁協直営のヒラメ養殖場の水槽を利用してスズキ(平成3年),ガザミ(平成4年),マコガレイ(平成4年)の中間育成を実施してきました(第39回実績発表大会で報告済み)。研究活動としては「アワビ標識放流」をしてきたわけですが,養殖場のあいている水槽でクロダイを中間育成してみようということになりました。クロダイは刺網やまき網に入ることはありますが,今はあまり捕らない魚です。館山船形漁協における最近6年間のクロダイ年間漁獲量は平均317sです。しかし,20年くらい前までは館山湾はクロダイの宝庫で,岡の上から大きなクロダイが泳いでいるのがよく見えたものです。それが最近は水も汚れ,クロダイが釣れることもあまりありません。「クロダイがたくさん泳いでいる海に戻したい!」というのが動機です。

 

4.中間育成の方法と結果

 中間育成は,平成6年9月5日〜11月18日までの75日間おこないました。

 中間育成を始める前の5月16日,青年部5名で東京湾栽培漁業センターへ見学に行きました。その朝産卵したばかりの卵や,生まれてから3日目の仔魚,クロダイの親などを見せてもらい,担当者から飼育方法教えてもらいました。

 水槽には1トン当たり600尾飼えること。餌はタンパク質含量の多いものが いいこと。餌の量は1日に魚の総体重の10%を与えることなどしっかり教わって帰りました。

 

 9月3日に水槽(FRP製)2基を掃除し,海水を張って受け入れ準備をしました。

 9月5日に東京湾栽培漁業センターでクロダイ稚魚11,000尾を受け取って,活魚輸送ダンベ(1トン)に酸素を供給しながら館山まで1時間半かけて運びました。活魚漕内の水温は26℃で,輸送中の死亡は全くありませんでした。

 水槽の大きさは直径6mで水深70p,容量19.8トンです。水量は2.25g/秒にしました。水槽の中央排水パイプに細かめのタキロンネットを巻いて稚魚が流れ出ないようにし,エアストーンを2ヶ所に入れ,バケツリレーで稚魚を収容しました。水槽の水温は25度でした。飼育日誌をつけ,担当者名,投餌時刻,水温,死亡魚の数,投餌量,気がついたことを記入することにしました。



飼育水槽

 餌は配合飼料とし,径約1〜1.5oを75gと,径0.5〜1oを25gの合計100gを1回分としてビニール袋に詰めて冷蔵しておきました。0.35gの稚魚が11,000尾いるので魚体重の合計は3850g。その10%なので,餌は1日385g。それを2回投餌するので,1水槽の1回分は約100gになります。

 

 飼育開始日は12時15分に魚の収容が終わり,1回目の投餌を午後2時におこないました。入り口にある水槽の魚は水面に群がって餌をよく食べましたが,奥にある水槽の魚は静かに散らばってあまり餌に興味を示しませんでした。2回目は夕方6時に投餌したところ両水槽ともあまり食べないのでそれぞれ50gと40gに減らしています。

 2日目から投餌時刻は朝は6時半〜9時,夕方は3〜6時におこなうことにしました。水槽のある館山港でイワシの生け簀をやっているまき網の部員3名が主に餌やりを担当しました。朝の仕事を終えてから餌をやって帰るわけです。夕方は毎日車で餌やりに行きました。時化の日は他の青年部員も魚を見に行くようにしました。

 

 初めのうち,残餌が目立つ時はホースで吸い出して掃除しました。その後残餌を食べてもらうことをねらって,9月7日にシッタカ(バテイラ)という巻き貝を各水槽に15個ずつ入れてみました。その結果残餌はほとんどなくなりました。シッタカの貝殻には海藻が生えていたのですが,すぐにクロダイたちが海藻をつついて食べてしまいました。クロダイは海藻が好きです。

 

 餌は水面では食べず,中層で食べているようでした。水槽内では中層から下層に広く分散して,人の気配に敏感に反応して散ります。クロダイは放流後も害敵からうまく逃げられるだろうとその時思いました。

 

 1回の餌の量は様子を見ながら9月12日から150gに,9月18日から200gに,9月24日から250gにしました。10月6日から径1.5〜2oに切り替えました。その後ずっと250gにしていたところ,10月28日に突然共食いが始まりました。10月28日から31日までの4日間に16尾のかじられた死亡魚を確認し,それらは目がなかったり胴体を半分食いちぎられていたりすこぶる痛々しい姿でした。大慌てで29日以降餌を375〜400gに増やしたところ,とも食いはどうにかおさまりました。10月31日の観察では水槽の壁に沿って並んで静かにしているように見えました。



共食いにより死亡したクロダイ稚魚

 中間育成中(9月5日〜11月18日)の75日間で与えた餌の量は合計72,670gです。確認した死亡魚の数は32尾でした。飼育水温は18.0〜26.4℃でした。

 10日ごとに大きさを測定するつもりでしたが,いくらたも網ですくっても クロダイは一匹も入りません。捕獲のための網を製作することにしました。

 10月13日に,部員が胴長をはいて水槽の中に入り,塩ビパイプ2本の間に網を張って作った捕獲網でクロダイを追い込み,2水槽で計19尾を捕獲して測定したところ,平均全長74oに成長していました。最大は95oです。その際,1尾を踏んで死亡させてしまったので,その魚については体重も測りましたが,全長72o,尾叉長65o,体重5.3gでした。

 

 放流日は11月18日にしました。ヒラメ養殖場の下の海がもともと天然のクロダイの子供がたくさんいる所なので,ここに放流することに決めました。

 

 部員が水槽の中に入り,網の中へクロダイを追い込んでそれをバケツですくい,ダンベにあけました。ダンベはそこから20mほど離れている斜路までフォークリフトで運び,バケツで斜路の波打ちぎわにそっと放流しました。放流されたクロダイは,すぐには分散せずに斜路に生えているこけ状の海藻をつついたりしてのんびりしています。



放流しているところ

 バケツにすくった魚の数を計3回数えたところ,平均77.3尾でした。バケツは86杯ありましたので,魚の数は6,650尾ということになって生残率は64%です。東京湾栽培漁業センターでも20oを80oにするのに生残率40%と見ているという話でしたのでこれは非常に良い成績だとのことです。

 

 放流魚42尾の全長と尾叉長を測定板で測定しました。電子秤の上に海水を入れたビーカーを置いて,その中へ魚を放り込んで体重を測定しました。屋外なので,風が吹いたり魚が暴れたりするとなかなか測定できずに困りました。測定後,魚は放流してやりました。

 測定結果は,平均全長85.8o,平均尾叉長81.6o,平均体重12.0gでした。飼育開始時の大きさは全長31.3o,体重0.35gなので75日間で54.5o,成長したことになります。日間成長は0.73oで,これもなかなか良い成績だそうです。マダイ中間育成の計画では日間成長目標が1o,ヒラメでは1.4oとなっていますから,クロダイは中間育成ではあまり大きくならない魚だといえるでしょう。それでも75日間飼育してみると,「大きくなったなあ!」というのが実感です。

 

 放流後,館山湾内の桟橋や堤防を青年部員で巡回し,釣り人に「小さなクロダイは海へ逃がして下さい!」というビラを配って協力をお願いしました。さっそく目の前でバケツから逃がしてくれる人もいました。

 

5.終わりに

 平成6年度は館山湾にはこのほかに,東京湾栽培漁業センター産のクロダイ種苗が合計86,000尾放流されました。

 クロダイは1年で12p,3年で23pと成長してゆくということですから,そのうち「大きいクロダイが釣れたぞ!」というニュースを聞けるかもしれません。 

 今回初めてクロダイを飼育して放流しました。最近まで「とる漁業」ばかりやってきたわけですが,こうやって小さい魚を少しでも大きく育てて海へ放すという作業を終えてみると,「小さい魚は捕ってはいけないんだ」という意識が育っていることに気づきます。今キンメダイやマダイで資源管理を進めているところですが,「幼魚の保護」についても,自分たちでこうやって関わると納得できる気がします。自分たちで育てたクロダイが広い海でこの先どうやって生きていくのか,クロダイを含めたさまざまな資源のことへも関心が深まり,良い勉強ができたと思っています。

 

 この経験から平成7年度はマダイの中間育成もおこないましたが,今後も今まで飼育した魚種も含めていろいろな魚種に挑戦してみるつもりです。

 これからも栽培漁業や資源管理型漁業の一端を担っていきたい,漁業を衰退させるわけにはいかないと考えています。


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