活性酸素を用いたマコガレイの中間育成試験

鋸南町保田漁業協同組合刺網組合
笹生 昇

1.地域及び漁業の概要

 保田漁協は,房総半島の南部の東京湾浦賀水道入口に位置しており,気候の温暖な地域です。

 当地域の主な漁業は,刺網,たこつぼ,一本釣,採貝藻であり,特に刺網漁業は,組合員の4割が生計の柱としている重要な漁業です(図1)。

 刺し網の主要魚種はヒラメ,カレイ類(ほとんどマコガレイ),イカ,ハギ・カサゴ,エボダイで,これら5魚種で水揚金額の50%以上を占めています。
 なかでもカレイ類は水揚金額の7%を占め,ヒラメに次いで重要な魚種となっています(図2)。

2.研究グループの組織及び運営

 保田漁協刺網組合は,刺網業者30名から構成されており,会員相互の親睦や重要魚種であるヒラメ,マコガレイ,ガザミ等の中間育成及び放流を行うことを目的としており,刺網組合の運営は会費と組合からの補助で運営しています。

3.マコガレイ中間育成試験の動機

 種苗放流はヒラメがもっとも古く昭和62年から実施しています。最近調査した結果では,ヒラメの水揚量は,種苗放流開始後増加しはじめ,平成5年には15トンと昭和62年の4倍以上になりました。当組合では,放流した種苗が集まり育つ人工魚礁を毎年設置しており,これが種苗放流と相乗効果となって増加したものと思います(図3)。

 この結果から刺網組合では,「積極的に種苗放流すれば資源は確実に増える」と自信をもち,マコガレイについても種苗放流しようということになり、平成7年から中間育成に着手しました。

 平成7年ビブリオ病,滑走細菌症等が多発し,投薬すればへい死が減るものの,打ち切れば大量へい死するというもので,薬づけの中間育成となりました。結局,予定の50日間育成できず40日で緊急放流しました。

 マコガレイで病気が多発する原因として,摂餌反応が鈍くイケス底に溜まった餌を長時間かけて食べていることがあげらます。当然これらには,排泄物や腐敗した餌が含まれており,これが発病の原因となる細菌がついていることが考えられます。

 活性酸素は,敗性有機物の酸化や殺菌効果があるとのことで,試しに100ppm濃度の海水にヒラメ稚魚を入れたところ1時間ですべてへい死しました。
 そこで水産試験場と共同で感染試験を実施しました。試験は,健康なヒラメ種苗を収容した銅イオン,活性酸素,紫外線照射海水,生海水の各水槽に病魚を入れ感染の程度を比較するというもので,活性酸素が銅イオンに次いでへい死尾数が少ないという結果が得られました。
 以上から,飼育水を適正濃度の活性酸素で常に殺菌しておけば,病気の発生は相当抑えられることが予想され,今回マコガレイの中間育成に活性酸素の殺菌力を試してみることにしました。

4.試験方法

 マコガレイの種苗は,平成8年5月10日に平均全長40o,6万尾を東京湾栽培漁業センターから搬入し,試験区と対照区に3万尾ずつ入れ,57日間育成試験を実施しました。

ア)使用した施設

 今回の試験では,漁協養殖場のヒラメ陸上養殖用円形水槽(直径6m×0.8m)2基をそれぞれ試験区、対照区として使用しました。

 試験区に注水した海水は,メサライトを敷き詰めたダンベ2基でろ過しました。飼育水のろ過は,ストレーナ(排水の入り口)の周囲にろ材をドーナツ型に積み上げ,ろ材とストレーナの間にバクテリアを繁殖させるためのアサリの網袋を詰め込みエアリフトで循環させました。
 注水量は,試験区でろ過海水が1日当たり2回転,ろ過海水22回転とし,対照区では生海水24回転としました。飼育水量は,試験区では活性酸素濃度や水質が変化しないように水槽を満水にし,対照区ではヒラメと同様に水槽に半分くらいの量にしました(写真1,2,3)。

イ)飼育方法および調査項目

 餌は1日3〜5回給餌し,給餌量は,体重の5%を目安に摂餌状況を見ながら、残餌のでないように加減しました。
 成長調査は,水槽別に50尾ずつ全長と体重を測定し,あわせてへい死魚の全長も測定しました。
 観察日誌には,水槽ごとに水温,溶存酸素,ヘい死尾数,摂餌状況,給餌量のほかに,餌やり,底掃除,病気の治療時間,投薬量を記帳しました。
 このほかに,排泄物や残餌に起因するアンモニア態窒素,亜硝酸態窒素,硝酸態窒素の濃度を水産試験場で分析してもらいました。

5.結果

ア)成長と生残尾数

 放流時の生残尾数は,試験区が26,324尾,対照区が16,656尾で試験区の生き残りが約1万尾多く,生残率は試験区が88%,対照区が56%でした。東京湾栽培センターの平成4年度の結果から類推すると,全長40oから60oまでの生残率は55%であり,このことから対照区の生残率はそれほど低いものではなく,試験区の生残率がきわめて高い値であり,活性酸素の殺菌力の効果があったと判断しました(表1)。


 放流時の全長は,試験区と対照区とも62oで成長に差はありませんでした。日間成長は0.4oで,東京湾栽培漁業センターの平成5年度の結果が0.3〜0.5oですので,平均的な成長を示したと思います(図4)。


 マコガレイの太り具合を全長と体重の関係でみると,試験区,対照区の差はなく,推定された回帰式から計算すると全長30oで体重0.5g,40oで1g,50oで2g,60o3gとなりました(図5,表2)


 今回の試験では,ヒラメ養殖の給餌率5%を目安に残餌がでないように給餌量を調整しました。餌止めを除いた給餌率は,育成開始後20日までは対照区の給餌率が低いものの,その後は試験区,対照区とも4%前後でした。つまり,残餌がでず平均的成長が期待できる適正な給餌率は4%と判断されました(図6)。

イ)飼育環境とへい死

 試験区の活性酸素濃度は,2ppm程度が魚に負担がかからずある程度の殺菌能力があると聞いており,2ppmを目安としましたが,実際測定したところでは0.5〜3ppmであり,特に給餌後は酸素の消費量が多いためか低い値でした。また,当初の計画より育成尾数が2倍に増加したため,育成当初の5月には2ppmを下回る日が多かったが,5月末には活性酸素発生量を増やしたので,6月以降は概ね2ppmの濃度を維持できました(図7)。


 今回試験中に発生したへい死は,種苗搬入時の擦れによるものと,飼育中の魚病を水産試験場に調べてもらった結果では,ビブリオ病と滑走細菌症によるものでした。
 今回,治療はへい死魚が100尾以上になった日に実施しました。OTC,,ニフレスチン酸による薬浴,経口投与を行い,特にへい死尾数が多いときは餌止めをしました。試験区では,治療を3回実施し,1回当たりの期間は2〜5日で延日数は9日でした。対照区では5回実施し,1回当りの期間は4〜11日で延日数は32日と試験区の3倍以上となりました。対照区の治療日数は育成期間の半分以上を占めており,昨年と同様の薬漬けの中間育成であったといえます(図8)。
 搬入時のへい死尾数は1460尾で,試験区,対照区ともほぼ同数でした。育成期間中にめだったへい死は,赤潮の発生を契機に,試験区で3回,対照区で5回ありました。へい死尾数は,対照区ではピーク時600〜1200尾と多いのに対し,試験区では,380へい死した日が1日あったのを除いて,ピーク時200尾以下でした(図8)。


 また,へい死魚の平均全長は,対照区では飼育魚の成長にあわせて,35oから50oと大きくなりましたが,試験区では35〜40oの極小型魚に限られており,明瞭な差がありました(図9)。


 対照区で何回も発生した深刻な大量へい死が,試験区ではかじられたり生存競争に負けた小さい種苗がややめだって死んだ程度ですんでしまったことは,活性酸素の効果だと判断しました。
 放流時の飼育密度は,931尾/uで,対照区が589尾/uと,試験区が1.5倍高密度でした。マコガレイの適正な飼育密度を調査した事例はありませんが,60oサイズのヒラメでは850尾/u程度が適当な飼育密度であり,マコガレイは共食いが少ないので,ヒラメに比べ高密度飼育が可能とのことなので,試験区の飼育密度は適正な範囲にあったと思われます。
 飼育水温は,飼育水を半循環使用した試験区が対照区に比べ1〜2℃水温が高めに経過しました。
 溶存酸素濃度は,低めの試験区でも最低値が6ml/l,概ね7ml/l以上だったので,特に問題はなかったものと思われます(図10)。


 飼育水のアンモニア態窒素濃度は,試験区が3.3〜4.6ppmと対照区の濃度を大幅に上回り,用水基準の33〜46倍という強烈な濃度で,バクテリアにより酸化させるつもりでしたが,うまくいきませんでした。これは,ろ材の熟成が不完全だったことと,ろ過能力が不足していたためと思われます(図11)。


 しかし,試験区でのへい死は細菌によるものであり,マコガレイは,毒性のあるアンモニア態窒素に対し,強い耐性を持っていることがわかりました。


ウ)労働時間と経費

 労働時間は,対照区が82時間で試験区の76時間を若干上回りました。飼育尾数の多い試験区では餌やりの時間が長く,へい死魚の多かった対照区では底掃除と治療時間が長いという結果でした(図12)。


 今回の中間育成の経費は,試験区が40万円で対照区の6万円を上回りましたが,放流種苗1尾当たりの経費は対照区20円で試験区の1.3倍でした。
 さらに,種苗生産費をヒラメ同様に1尾100円とすると,採卵から中間育成の総経費は試験区340万円,対照区334万円となります。これを放流種苗で割った1尾当たりの経費は,育成期間中の種苗の減耗損が含まれるため,試験区で129円,対照区で201円となります(表3)。


 このことから,中間育成の最重要事項は,歩留まりの向上であることを改めて認識しました。

6.終わりに

 マコガレイは7月5日に選別した大きめの種苗1,000尾を除いてすべて放流しました。選別した種苗は標識をつけ,化膿止めの薬浴を約1週間行ったあと放流しました。現在までに,標識をつけたマコガレイが何匹か刺し網にかかったという情報もあり,元気に育っているなと実感しています(写真4,5)。
 今回の試験では,利用できる施設の関係から,マコガレイの選別を行っていません。選別すれば,試験区,対照区とも日間成長や歩留まりの向上に結びついたものと思います。
 また,マコガレイがアンモニア態窒素に強いといっても毒性のあるものですからできるだけ濃度を下げる必要があります。次年度以降は,飼育水のろ過装置を飼育漕の外に出そうかと考えています。こうすれば,目の細かいマットが使え,簡単に取り外しができるため,飼育環境や海況に合わせ臨機応変に対応でき管理が楽になります。
 マコガレイの漁業者レベルの中間育成技術はまだ確立していませんが,今回の試験で活性酸素を利用すれば魚病の発生が減り,高い歩留まりが期待できると確信しました。
 また,施設についても難しいものではなく,簡単に中間育成が始められると思います。この試験を参考に東京湾の各漁協がマコガレイの中間育成に取り組み,東京湾の重要資源であるマコガレイの資源回復の一助になれば幸いです。
 最後に,試験実施にあたり,いろいろご指導,ご協力いただいた東京湾栽培漁業センター,水産試験場,館山水産事務所の方々にお礼申し上げます。

 


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