富津市は房総半島のほぼ中央部に位置し,東京湾浦賀水道に面した温暖な地域である。大佐和漁業協同組合は,組合員数148名で,主な漁業は,のり養殖,あなご筒,小型底曳網,刺網,たこつぼ,一本釣り,小型定置網である。
私たち底曳網業者の平成7年度の水揚金額は8千1百万円で,内訳はサルエビ27%,スミイカ(標準和名コウイカ)20%,クルマエビ19%の順となっており,スミイカは大変重要な魚種である(図1)。
大佐和漁協の底曳網業者が組織する打瀬組合は,昭和41年に設立され,役員に会長1名,副会長1名,会計1名を置き,現在,組合員数は44名で,主な活動は,スミイカの産卵床調査,種苗放流のほかに,技術の向上を目的とした学習会や研修会などである。
今回,私たちがスミイカの産卵床を設置しようと考えたのは,近年スミイカの水揚量が減ったためである。もちろん,一番に思いつくのは「獲りすぎ」だが,東京湾に藻場や干潟が少なくなったことも見逃せない。藻場や干潟は,スミイカに限らず,いろいろな魚の産卵場になったり幼稚仔の育成場になっている。
スミイカは藻場に産卵するが,この藻場に代わるものを人為的に作って産卵場を広げてやれば,スミイカ資源が増加するのではと考え,産卵床を作成した。調査は,産卵床にスミイカの卵がどの位付着するのか,産卵期はどうなっているのか,その時々の卵の状態はどうなっているのか,孵化した稚いかの餌になるような生物はいるのか,などを明らかにするために実施した。
スミイカが,藻の代わりとして海底に放置された網に産卵することをヒントに,のり生産者から古い網を提供していただき使用した。産卵床の構造は設置,撤去が容易にできるよう底延縄方式とした。
調査用の産卵床は,のり網3枚を畳み込んで床とし,これを長さ50mの幹縄に等間隔に8個つけ両端にアンカーと目印のブイを付けたものを1セット作成した(図2)。
このほかに,常設産卵床として幹縄の長さ100m,床数60のものを3セット作成した。
これらの産卵床は,平成8年3月18日に大佐和漁協沖の水深10m海域に沖に向けて平行に設置した。調査海域の選定には,刺網などほかの漁業のじゃまにならないこと,水深5〜20mのスミイカが産卵しそうな場所,この2点に留意した。
海上調査は,月に2,3回調査用の産卵床を引き上げ,床に付着した卵数や卵の状態を観察した(写真1)。
写真1 海上調査 |
また,卵が十分付着した床を持ち帰り陸上水槽に入れ,卵の大きさや状態を観察するとともに孵化したイカの種類を調べた。
海上で目視により観察した卵の付着状況は,3月29日にわずかに付着が見られ,5月7日には各床100〜500個,5月20日には500〜2000個と増加したが,5月20日から6月7日まで変化はなかった。
調査終了時の7月3日には,陸上で付着卵を数えたところ,各床3〜639個と減少していた(表1)。
bX,bP0の床は,5月20日以降に設置しており,付着卵が極めて少ないのは,スミイカがいなくなったためと考えられ,調査海域での産卵は5月中旬までであったと判断できた。
付着卵は,アンカ−付近の床に多く,中央ほど少ない傾向があったこの原因は,中央部のほうが潮流による揺れが大きく,スミイカがうまく産卵できなかったためと考えた。
付着卵数は,ほとんど目視により観察したが,丁寧に見ても相当誤差があると思われ,観察用に持ち帰ったNo.2の床の卵を数えた。その結果,1474 個付着しており,目視の約1.5倍であった。
ピーク時の床当りの付着卵数は目視が平均1000個なので,実際の付着卵数は平均1500個と推定できる。床の体積は0.25立方メートル程度なので,産卵床は十分効果があると判断した。
また,このときの総付着卵数は,調査用と常設あわせて床数が188なので,約28万個と推定できた。
今回の調査では,死卵は見当たらず,産卵床は卵の保護にも役だっていたと思われる。また,稚イカの餌になる小さなエビ類やワレカラなども網にたくさん付いており,孵化したばかりのスミイカの育成場としての役目も果たしていたと思われる。
陸上観察用として,5月7日にbPの床を,6月7日にbQを陸上水槽に入れ培養し,海上調査で産卵床から採集してきた卵と比較する形で観察した(図3)。
写真2 初期 |
写真3 中期の前半 |
写真4 中期の後半 |
写真5 後期 |
写真6 ふ化後 |
写真7 稚イカ |
卵の状態は,いろいろな資料を参考に初期,中期,後期,ふ化後の4段階に区分した。初期の卵は中央が乳白色でふ化後10日位である(写真2)。中期のものはふ化後20日位までで,目,口,腕が現れる(写真3,4)。後期のものふ化後40日位までで,イカらしくなり,卵の中で泳いでいるものも見らる(写真5)。ふ化後の卵は縮まり全体が乳濁色になるので,ふ化前のものと区別できる(写真6)。
調査海域での卵は,5月20日までは,ほとんど初期の状態であったが,6月7日には中期が8割,後期が2割で,ふ化後の稚イカも採集された。7月3日には,bX,bP0の床を除いて,ふ化後8割,中期が1割,初期が1割で,網に絡まった稚イカが多数見られた(写真7,図4)。
一方,陸上水槽の卵は,5月14日には8割が中期と発育が進み,6月7日には後期が7割,ふ化後の卵が1割となり,6月24日にはほとんどがふ化していた(図5)。
陸上水槽と調査海域を比較すると,ふ化までの時間は陸上水槽のほうが10日ほど短かった。これは,陸上水槽の水温は20〜25℃で,調査海域比べ常に3〜5℃高かったことが原因と考えらる。
また,卵径を測ったところ,初期の状態のものが5〜7o,中期が7〜12o ,後期が12〜14oとだんだん膨張した。触った感じは,初期のものは硬く,発育が進むと弾力性が増した(図6)。
ふ化した稚イカは胴の長さが5〜6oで,飼育しようと考えヨコエビ等を餌として与えたが食べず,ふ化後1週間から10日で死亡した。
今回,材料費が安いこと,取り扱いが簡単であることを第一に考え,産卵床を作成したが,調査結果から効果が十分あり,しかも幼イカの育成場にもなると判断できた。
さらに,効果を高めるためには,床が揺れないようにすること,早くから産卵床を設置して床網を十分なじませることが必要であることもわかった。
この活動を通じて,打瀬組合の一人一人が,スミイカに興味を持ち資源の大切さを再認識するようになった。
また,他の組合員も関心を持つようになり,今後は産卵床の設置が大佐和漁協の事業となるよう働きかけていくつもりである。
スミイカは東京湾の大事な資源である。今回の調査を参考に東京湾の各漁協が産卵床を設置すれば,資源は増加すると確信している。
最後に,いろいろご指導いただいた館山水産事務所をはじめ,関係各位に心からお礼申し上げる。