わたしたちは鴨川,小湊,豊浜の漁師のグループです。わたしたちの住む外房地区は房総半島の南東部に位置し,広大な太平洋に面した自然が豊かで漁業が盛んな地域です。わたしたちは地域,漁業種類の異なる漁師のグループですが,絵を描くことが好きだという共通の趣味をもつ者が集まり,平成4年と平成8年に漁師だけの絵画展を開くことができました。ここにその報告をします。
わたしたちは平成8年10月1〜6日に鴨川市民ギャラリーで2回目の「海の男たちの展覧会」を開きました。
展覧会には鴨川,小湊,豊浜の漁師7名が出展し,26点の絵画を展示しました。作品のわきには仕事をしているところの写真と名前,船名などのほかに「私にとって絵とは…」というテーマで自分の思いを一言付け加えました。
鴨川からは5名。
水谷龍雄 「私にとって絵とは…夢」
水谷さんは組合の定置網に従事しています。18歳の時に画家を志して家を出たことがあるほどの絵好きです。今回は油彩画を2点,風景画の大作です。
田丸幸男 「私にとって絵とは…ゆめ」
田丸さんはまき網船で舵を握っています。油彩画を2点。船着場と磯の風景画は独自の色使いが特徴です。
庄司日出男 「私にとって絵とは…心の支え」
庄司さんは小型船の漁師です。油彩画を5点。二科展に入選したことがあるほどの実力派です。
熊谷 繁 「私にとって絵とは…心のやすらぎ」
同じく小型船の漁師。デッサン画を5点。細いサインペンで船や海の風景をリアルに表現します。
熊谷 実 「私にとって絵とは…自分で作れる世界」
兄繁と兄弟で小型船を操業しています。油彩画を4点。昨年妻と旅行したヨーロッパの思い出の風景や地元の海の風景を描きました。
小湊からは
吉田友一 「私にとって絵とは…憩いのひととき・やすらぎ」
吉田さんは小型船の漁師。水彩画を4点。バショウカジキが海で跳ねている躍動的な絵とホタル草を描いた植物画は対照的です。
勝浦市豊浜からは
数金一浩 「私にとって絵とは…漁のあいまの息抜き」
数金さんは小型船の漁師。今回新たに仲間入りしました。油彩画を4点。スクリューなどの静物画や人物を描いています。
それに以前からこのグループに関わり応援していただいているプロの画家水村喜一郎氏と三石宏幸氏から5点の友情出展がありました。
展覧会は初日から盛況で,連日150〜400名の方が来場しました。地元鴨川のほか,県内各地や東京,神奈川,埼玉から足を運んで見に来てくれた方もいたようで館者数は計1,429名にのぼりました。
わたしたちがはじめて展覧会を開いたのは,平成4年のことです。その5年ほど前に鴨川の5人が人づてに知り合いました。展覧会を開くことになったのはメンバーの一人が水村喜一郎さんに相談したことがきっかけです。水村さんは鴨川市在住のプロの画家(主体美術協会審査員)で,わたしたちの飲み仲間であり,一番の理解者です。「個展を開いてみたい」と相談したところ「やってみたら。協力するよ」と勧められました。その後,準備に2年をかけ,平成4年6月2〜7日にやっと開催にこぎつけました。名前は「海の男たちの展覧会」(サブテーマ「荒海でのやすらぎを一点のキャンバスに託して」)。場所は鴨川市民ギャラリー。展覧会の噂を聞いて小湊の吉田さんが加わり,友情出展してくれた水村氏,三石宏幸氏のものもあわせて約30点の作品を展示しました。結果は大盛況,6日間の入館者数は1,493名にのぼりました。
それから3年後,再び展覧会をやらないかとグループで相談しました。本業は漁師ですから毎年展覧会を開くほど絵を描く時間がありません。それでも3年間で少しは絵を描きためたし,そろそろやってみようかという気持ちになりました。
会期は1年後の平成8年10月1〜6日。陽気もいいし,それぞれの漁が比較的ひまな時期にあたるためです。前回は,6月にはかつお漁が終わってひまだろうと考えていたのですが,その年は遅くまで漁が続き,漁の真っ最中になってしまいました。
場所は前回と同じ「鴨川市民ギャラリー」です。もともとメンバーの一人が「鴨川市民ギャラリー運営委員」に就任していたこともありますが,水産業の町,漁師の町「鴨川」を地元でアピールしていきたいためです。
展覧会の名前は前回と同じ「海の男たちの展覧会」としました。
宣伝にはポスターと案内状を作りました。ポスターは仲間の一人がデザインしたものを250枚ほど印刷し,鴨川市内はもとより安房・夷隅郡の組合ほか,町中に手分けして貼って回りました。また案内状は前回来ていただいた方を中心に約200名に郵送しました。
メンバーには今回新たに豊浜の数金さんが加わりました。数金さんは1回目の展覧会を見に来てくれて,知り合ったのです。漁師7名,われわれの仲間2名の作品31点で,今回の展覧会に望みました。
展覧会を終えて「疲れた」,「ほっとした」というのが第1の感想です。ただ会場に置いておいた「感想ノート」を拝見させていただくと
「新聞を見て千葉から電車に飛び乗って来た」
「会社を休んで来た」
「海の男たちの優しさや力強さをひしひしと感じた」
「どれもみんな潮の香りがする」
「たまげた! 絵描きさんが漁業をやっているとは!」
「漁師さんたちが筆を持ってもう一人の自分になって絵を描くことにすごく驚きました」
「本当の景色,繊細な感覚,奇をてらうことなく素朴で純真」
「暖かい絵,ほっとする絵,激しい絵,きびしい絵,心の中まではのぞけませんけど,すてきな絵をのぞかせていただきました。ありがとうございました」
「見る前は海の男の荒々しくて力強いイメージが強かったのですが,とても皆さんのやさしくてあたたかい心が伝わってくる絵ばかりでした。繊細で自然の中で生きている方々らしく,美しい色がとてもよかったです。」
「海の男達 魚をとるだけではないんだ 感動,さずが海の男 館山から観に来たかいがありました。」
「海の絵というものは,心より海を愛しており,海と慣れ親しんでいる人ならでは描くことができないと思います。」
など心温まる励ましの言葉ばかりで,またいつかという気持ちになります。
われわれ外房の漁師は1年中太平洋に昇る朝日を海上で眺めています。日の出る瞬間は大変美しく,何十年も漁師を続けていますが1度として同じ朝日をみることはありません。
毎日わたしたちが眺めている沖からの景色は,漁師にしか描けない対象でしょう。漁にでることが絵のイメージを広げるのです。
わたしたちは以下のようなときに絵を描きます。
沖で漁(大漁)をしたとき,沖で「精一杯漁をしたな」と自分で満足したときなど最高に気分が良くて,どんなに遅く帰ってきてもキャンバスに向かうことができます。
絵を描きたいために漁を一生懸命やるし,漁をやるために絵を描きます。
満足のいく漁ができなくなったら,絵も描けなくなるでしょう。
朝起きて時化で漁にでられなかった日に絵を描きます。日の出頃から絵を描くのは実に気持ちがいい。時化とは波が大きい,風が強いなど海の状態が悪い日なので,晴れた日も往々にしてあるのです。
わたしたちが展覧会を開いたことで,いくつかの効果がありました。
1つめは漁師のイメージアップ。漁師といえば荒々しい感じで近づきがたい印象だったらしいのですが,見に来てくれた人たちと絵を通してふれあうことにより,多少変わったようです。入館者の感想には多々表現されていました。また展覧会には多くの子供たちも見に来てくれました。この中から漁師になろうと思う人が一人でもできたらうれしいと思っています。
2つめは絵を描く仲間が増えることです。展覧会を開くことで徐々に仲間が増えてきました。鴨川には5人もいるのになかなか知り合うことがありませんでした。同じ港で働いていても漁業種類が異なればなかなか顔をあわせることがありません。また以前は漁師が絵を描いているなんて「ふうが悪い」し,恥ずかしいような気もしてあまり周りの人には言わなかったので,気づかなかったようです。1人で絵を描いている人や絵に興味を持っている人を掘り出して互いに力になるといいなと考えています。仲間ができれば張り合いも出るというものです。
わたしたちは今後も「海の男たちの展覧会」を続けていきたいと思います。漁師がやることですから何年ごとになどと決めず,「みんなそろそろ絵がたまったよ。」「じゃあやろうかい。」というような気楽な気持ちでやりたいと思います。
また絵だけでなく工芸や書,などなんでもOKの収集雑多な展覧会をやってみたいと考えています。うまい,へたは関係ありません。漁師らしいごたごたした「漁師の文化祭」をやってみませんか。
絵を描くことに理解を示し,また展覧会を開くにあたっては準備から当日の受付までさまざまな面で協力してくれた家族に感謝するとともに,協力してくださった水村氏,三石氏,仲間の漁師たちに深くお礼を申し上げます。
海の男も
時には休む。
語り歌ひ
そして飲む。
そしてたまには
絵だって描くさ。
海の男は
海の男なりの
美を見つめる。
水村喜一郎
(今回のために贈っていただいたことばです)